息子が家を出て、夫婦二人の生活が始まった

息子が社会人になって家を出た。50代夫婦二人の新しい日常。静かになった家、食費の変化、そして次のステージのこと。

息子が出ていった日

今年の春、息子が社会人になって家を出た。引っ越しの手伝いをして、がらんとした部屋を見たとき、なんとも言えない気持ちになった。嬉しいような、寂しいような。「やっと独り立ちしたか」という安堵と、「もうあの騒がしい日常は戻ってこないんだな」という喪失感が同時に来た。

家が静かになった

息子がいた頃は、朝の洗面所渋滞が地味にストレスだった。出勤前にシャワーを浴びたいのに先を越されて、リビングでぼんやり待っていた朝が何度あったことか。

それが今はない。洗面所もトイレもリビングも、使いたいときに使える。テレビのチャンネル争いもない。夜中にリビングの電気がつけっぱなしなこともない。

快適なはずなのに、最初の1週間くらいは妙に落ち着かなかった。

夫婦二人の食卓

一番変わったのは食事だ。三人分の食事が二人分になると、食卓がなんだかスカスカに見える。妻が「量の加減がわからなくなった」とこぼしていたのが印象的だった。

最初の頃、二人で向かい合って黙々と食べる夕食がちょっと気まずかった。息子がいたときは、あいつの話題で自然と会話が生まれていたんだなと気づいた。

でも1ヶ月もすると慣れてくるもので、最近は「今日あったこと」を意識的に話すようになった。お互い仕事の愚痴を言い合ったり、週末の予定を相談したり。考えてみれば、息子が生まれる前はずっとこうだったはずだ。原点に戻っただけかもしれない。

時間が増えた

息子がいなくなって一番実感しているのは、自分の時間が増えたことだ。送迎もないし、帰りが遅くてもそこまで気を遣わなくていい。

平日の夜、リビングのソファで本を読んだり、投資の勉強をしたり、こうしてブログを書いたり。この「自分だけの静かな時間」が、50代半ばにして初めて手に入った感覚がある。

地味に嬉しいこと

あと、食費と光熱費が目に見えて下がった。特に食費。若い男がいなくなるとこんなに変わるのかと驚いた。米の減りが全然違う。

浮いたお金をどうするか。貯金に回すか、投資に回すか、たまには妻と外食に使うか。こういうことを考える時間が、意外と楽しかったりする。

次のステージ

息子がいなくなって寂しいかと聞かれたら、正直まだ少し寂しい。ふとした瞬間に、あいつの部屋のドアを見て「ああ、いないんだった」と思うことがある。

でも同時に、「夫婦二人の第二章」が始まった感覚もある。定年までの数年間をどう過ごすか、その先をどう生きるか。息子に心配をかけないためにも、自分たちのことは自分たちでちゃんとやっていきたい。

まあ、とりあえず今週末は妻と久しぶりに外食でもしようかと思っている。